元裁判官のお役立ちコラム
Column

2025.05.16
2025年6月1日から懲役と禁錮が「拘禁刑」に一本化されます
明治40年(1907)に刑法が定められてから初めて刑罰の種類が変わります。今回の改正については、刑法以外に刑罰を定める特別法、条例等のほか、刑事訴訟法等の手続法に対する影響もかなり大きいといえます。
さて、どうして懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されるのでしょうか?
法務省の説明によれば、その目的は、「刑事施設における受刑者の処遇の充実を図るため」とされています。
国がこうした目的を掲げるのは、一つには、刑を懲役と禁錮に分けた趣旨とかけ離れた処遇がなされているという実態があるからです。
本来、懲役受刑者は、刑務所に収容・拘束され、刑務作業を行わなければならない(改正前の刑法12条2項)のに対し、禁錮受刑者は、刑務所に収容・拘束されるのみで、刑務作業を行わなくてもよい(同法13条2項)のが基本とされていますが、実際には、禁錮受刑者から刑務作業を行いたいとの申出があった場合、刑務所長はこれを許すことができ(請願作業。刑事収容施設被収容者処遇法93条)、受刑生活のメリハリと作業報奨金(同法98条)を求めて、大部分の禁錮受刑者が請願作業を申し出て、これに従事しています。
このように、懲役と禁錮が刑の執行面で実質的に変わらず、刑を二つに分けた意味がかなり薄れているのです。
さらに、刑の目的に対する考え方の変化もあると思います。
刑罰の目的については、昔からいくつかの考え方がありますが、「刑罰は犯罪に対する正当な当然の報い」とする考え方(応報刑主義)を基本とし、「刑罰によって犯人を教育し、真人間として社会復帰させ、再犯を防ぐ」という考え方(教育刑主義)も加味するというのが、これまでの我が国の考え方でした。
今回の刑法改正では、拘禁刑に処せられた者の「改善更生を図るため」という目標が明記されており、教育刑主義の考え方が強くなった現れととらえることができます。
この点、懲役受刑者については、刑務作業に時間がとられ、指導や教育のための時間が十分に確保できないという課題が指摘されていました。
例えば、学力が十分でないために社会にうまく適応できない若年受刑者に 対しては十分な教育を受けさせることが再犯防止のために重要ですが、懲役 ではそのための時間が十分とはいえませんでした。
そこで、懲役と禁錮を「拘禁刑」に一本化した上で、刑の目的を「改善更生」とし、作業を行わせるだけでなく、必要な指導教育も行うことができることとされたわけです。
そして、拘禁刑の創設により、今後、「受刑者の特性」に応じた柔軟な処遇が一層求められることになります。
その際の更生プログラムの具体例としては、
- 薬物犯罪や性犯罪に対する改善プログラム
- 若年受刑者への学力向上支援
- 高齢受刑者への福祉支援
などが挙げられます。
これらのプログラムに対応した専門スタッフの育成・確保も重要な課題となるでしょう。