1 「親なき後」問題とは?
親が元気でいる限り、その親自身が障がいのある子の生活を守り、支えることができます。しかし、親の判断能力・身体能力が低下し、又は、親が亡くなった後は誰がどのように子の財産や生活環境を守る役割を果たすのでしょうか。これが「親なき後」問題であり、大きな不安を抱えている親御さんたちは多いと思います。親は、まだ元気なうちに、これに備えて十分な対策を講じておく必要があります。
この問題について、前にお話しした任意後見契約の利用を中心に説明します。
「子が任意後見契約を締結する場合」と「親が任意後見契約を締結する場合」に分けて考えてみます。
ポイントは、後見が長期間にわたる場合が多いということです。高齢者については、多くの場合、本人の死亡時まで特定の後見人が財産管理と身上監護を行うことになります。しかし、障がい者、特に年齢の若い障がい者については、後見業務が長期になり、後見人の方が年長であることが多いため(後見人が親の場合など)、途中で後見人が交代せざるを得ないケースが考えられます。そこで、継続的、かつ、安定した支援を実現するための工夫が求められます。
2 子が委任者となる任意後見契約を締結する場合
① 子に契約締結能力があるとき
障がいを有する子に契約締結能力がある場合には、子自らが(未成年の場合は親の同意を得て)、親又は信頼できる適任の第三者との間で任意後見契約を締結することができます。この場合、親が受任者になると同時に、親が死亡したり体力が衰えたりなどした事態に備えて、信頼できる適任の人(個人又は法人)にも受任者になってもらう「複数受任者」の形も考えられます。前述した継続的、かつ、安定した支援を実現するための一つの工夫例です。この場合、受任者各自がそれぞれ単独で代理権行使ができることになります。
② 子に契約締結能力がないとき
子がすでに成年者で契約締結に必要な判断能力がないときは、任意後見契約を締結することはできず、家庭裁判所に後見人の選任を求める「法定後見制度」を利用するしかありません。家庭裁判所の判断事項ですが、この場合も、親と他の適任者の複数後見人を選任してもらうのが相当と思います。
子が未成年のときは、信頼できる適任の第三者(個人又は法人)等との間で、親が親権に基づいて子を代理して任意後見契約を締結することができると考えられます。
さらに、近時、父親が未成年者の子を代理して、子を委任者・母親を受任者とする任意後見契約を締結し、同時に、母親が未成年者の子を代理して、子を委任者・父親を受任者とする任意後見契約を締結する方法も提唱されています。2本のいわばたすき掛けの任意後見契約により、一方の親に万一のことがあっても、他方の親が子の生活を守ることができるようにするための工夫例で、これも、継続的、かつ、安定した支援を実現することに資するものといえます(ただし、良好な夫婦仲が継続することが前提になるでしょう。)。この場合、受任者となる親権者と委任者となる子の利益が相反する(互いの利益が衝突する)のではないか、との問題があります。当該任意後見契約に受任者に対する報酬規定があればこれに該当することになり、家庭裁判所で特別代理人(親族でも可)を選任してもらうことになりますが、無報酬であるときについては取扱いが定まっているとはいえないのが現状です。家庭裁判所の取扱いが早く定まることが望まれます。
そして、一方の親が亡くなるなどして、他方の親が子の任意後見人になった場合、その親は自分の死亡又は判断能力の低下に備えて、次の後見人を誰にするかを考え、これを指定することになるでしょう。そのために、代理権目録に「新たな任意後見契約の締結」を入れておくことが必要です。
3 親が委任者となる任意後見契約を締結する場合
親が委任者となって、信頼できる受任者との間で任意後見契約を締結し、①財産管理の方法の一つとして、子の生活に配慮した財産の処分(子の生活費の定期的支出など)を盛り込むことが考えられます。これにより、親の任意後見契約により、子の支援を実現することが可能となります。また、②子の法定後見申立てを委任事務に含めておき、その代理権を与えることもできると考えられます。これにより、親の判断能力が低下して子の財産管理等ができなくなった際に、親の任意後見契約を発効させ、親の任意後見人に子の法定後見開始の申立てをさせて、子の支援を図ることになります。
4 その他の方法 ~遺言、信託、生命保険信託など~
「親なき後」問題について任意後見制度の利用を中心に説明してきました。この問題に対しては、さらに、遺言、信託、生命保険信託などの活用も提唱されています。これらについてはまたあらためて取り上げたいと思います。九段南行政書士事務所