任意後見契約とは~法定後見との違いや課題について~
1 判断能力の低下について何も準備をしていないとき~法定後見~
超高齢化の進展とともに、2025年には認知症の有病者数は約700万人になると推計されています(厚労省のHP)。
こうした認知症を有する方が、例えば、預貯金の解約や施設などの入所手続を行おうとした場合、その判断能力に問題があると判断されると、本人や家族は「後見人」(判断能力が不十分な本人に代わって財産の管理や契約の締結等を行ってくれる人)の選任を求められることになります。
そこで、本人や配偶者、親族の申立て(最近は市区町村長による申立ても増えています。)により、家庭裁判所が後見人を選任することになります(なお、本人の判断能力の程度に応じて、後見人・保佐人・補助人の3種類があり、それぞれの権限が異なりますが、最も数が多い類型は後見人です。)。これが法定後見制度です。
この場合の大きな問題点は、後見人を誰にするかは、本人や家族ではなく裁判所が決めるため、信頼できる人が後見人になるかどうかはわからない、ということです。令和元年度の統計では、親族(配偶者、親、子、兄弟姉妹及びその他親族)が後見人等(前述の保佐人等を含みます。)に選任されたものが7779件(全体の約21.9%)、親族以外の第三者(弁護士、司法書士、社会福祉士など)が選任されたものが2万7930件(全体の約78.2%)となっています。
裁判所が選んだ後見人については、もちろん、そのほとんどが適正かつ誠実に職務を行っていると思います。しかし、例えば、財産管理などをめぐって家族の考え方と対立してトラブルになったり、不熱心など対応が芳しくないなどのケースがあっても、よほどのことがない限り、後見人の交代等は望めません。そのようなケースであっても、毎月相当額の報酬(東京家庭裁判所のHPによると、基本報酬は月額2万円。後見人が管理する財産額が1000万円を超え5000万円以下の場合は月額3万円~4万円、5000万円を超える場合は月額5万円~6万円。なお、この場合の管理財産額は、預貯金及び有価証券等の流動資産の合計額になります。)を、本人が生存する期間中ずっと、本人の財産から支出し続けることになります。裁判所が必要と判断して「後見監督人」が選任された場合は、これに対する報酬も支出することになります。
2 将来の判断能力の低下に対する準備~任意後見契約~
こうした法定後見制度の大きな問題点である「本人や家族が後見人を選べない」ことに備えるための制度が任意後見契約です。つまり、自分自身の判断能力が衰退する前に、契約によって誰を後見人にするのかを決めておく、というものです。
①信頼できる親族や特定の専門職等に後見人になってもらいたい
②後見人の報酬については、裁判所が決めた額でなく自分の意思で適切に決めたい(実際、無報酬から月額数万、5万など任意ですので様々です。親族が受任者の場合は無報酬が多いです。)
③後見人に与える代理権の範囲も自分で決めたい
というニーズを持っている方に適した手段です。
この任意後見契約も一つの契約であるため、契約締結のための判断能力が必要となります。高齢の方の認知症が進行してしまい、契約締結に必要な判断能力を失ってしまうと契約することができません。
また、任意後見契約は公正証書によって締結する必要があります。公正証書なので、公証役場に赴き、公証人に具体的な契約内容を知らせ、日程等の打合せをすることになります(例えば、東京には45の公証役場があります。東京公証人会のHPで所在地等を確認することできます。Http://www.tokyokoshonin-kyokai.jp/)。ここで私たち専門家には、上記①~③を始めとする依頼者の個々のニーズが任意後見契約書に反映するように細かに聞き取る力が求められます。
そして、契約締結後に本人の判断能力が不十分になった時点で、後見人の業務を監督する「任意後見監督人」を家庭裁判所で選任してもらい、初めて任意後見契約が発効することになります。
任意後見監督人には、弁護士、司法書士などの専門職が就任する場合が多いといえます(本人が任意後見監督人を選ぶことはできません。)。任意後見監督人への報酬は、本人の財産から支出することになり、その額は裁判所が決めますが、法定後見人の場合の半額程度(月額1万円~)です。
このように、任意後見監督人の選任の時点から任意後見の事務が開始されるので、任意後見契約の直後から本人の財産管理等が行われるわけではありません。そこで、すぐに財産の管理等が必要であれば、任意後見受任者との間で、別途、財産管理委任契約を締結することになります。この類型が最も多くみられます(「移行型」といいます。)。
任意後見契約については、「障害者の親なきあと問題」で利用されるケースもあります。また、障害のあるお子さんが未成年(2022年4月1日から「18歳」が成年になります。)であれば、親権に基づいて両親が子供のために任意後見契約を締結することも可能です。これらの問題については、別途触れたいと思います。
3 任意後見制度の課題について
課題としては、任意後見契約を利用する人がまだまだ少ないことのほか、頼れる親族がいない高齢者等がどのように任意後見人候補者を確保するのか、などの諸点が挙げられます。
まず、利用者が任意後見のメリットを実感できるような運用が求められます。この点は、財産管理のみならず、国際的な要請でもある本人の「意思決定支援」という観点も重視することが必要でしょうし、後見監督人の選任方法や報酬のあり方についても検討するべきでしょう。
また、適格性のある受任者(任意後見人候補者)を確保するためには、社会福祉協議会、NPO等の団体、法人受任を活用するなど、適切な受任者(任意後見人候補者)を紹介できる仕組みを作ることが必要であると思います。 九段南行政書士事務所